FC2ブログ

ぐーちゃん日記

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- --:-- | スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-) |
ども、ぐーちゃんです!

タイトルが中二っぽいのはさて置き、僕にはどうしても拭えない後悔があり、それが1年以内の話なので今もまだその事を引きずっていて時々眠れない日があります。

それは母の死です。

僕が小学生の頃、まだ物心がつく以前のビデオを見たことがあります。
家族全員と祖父母で旅行に行ったとき、僕は車の中で寝てしまいました。

その車は旅行先の場所で劇を見るために走らせていたためみんなの人数分のチケットはありましたが、僕が寝てしまったため母は僕を見てるからみんなで見ておいで、と言って車の中に残ってくれました。

僕は寝ていたのですがビデオはずっとまわっていて、母がずっと僕の背中をトントンと優しく叩いていました。

それを見た当時小学生の僕は自分の寝顔と母の手しか映っていないビデオを見て退屈に感じていました。
今なら愛を感じます。

それを見る以前から僕はマザコンとまでは行かないまでも母のことが好きで、喜ばせたくて、学校の帰りに公園に咲いている雑草の花とかを摘んで母にプレゼントしたりしていたのですが、急に恥ずかしくなってしまいやめてしまいました。

そして、小学校高学年になると中学受験のために塾に通い始めました。

僕は地元の友達が大好きだったので中学受験はしたくありませんでした。
塾をやめたいと言っても今日1日は行って欲しいと言われ、またやめたいと言っても同じことの繰り返しでやめさせてくれなかった母を恨んでいました。
母は僕の将来を思っての行動も当時の僕には理解できませんでした。

そのまま私立の中学に通い始めました。
そして反抗期を迎えました。
長い長い反抗期。

いつからいつまでと詳しくはわかりませんが、高校卒業するまではずっと反抗期だったような気がします。

僕が高校には上がった頃、姉が好きなアーティストのライブについて行くことになり、東京旅行に行きました。
父が仕事で来れないため母と姉との3人でした。
その旅行中に女性特有の長いショッピングに痺れを切らして怒ってしまったこと、なにより常になにかにイライラしていたこと。
今でも後悔しています。
あれが母との最後の旅行だったのに…

それから僕の大学受験と姉の就活の時期がやってきました。

僕より僕の受験に必死な母。僕も勉強は必死にしていましたが、第一志望のこと以外を何も考えておらず、母は必死に調べて、担任と話し合い、それを知らずにワガママばかり言って、勉強のストレスから母に優しくできませんでした。

姉も就活や恋愛の愚痴を朝方まで母と話し合ったりしてロクに寝てないときもありました。

僕は毎日朝早くから駅まで車で送ってもらっていました。
中学から6年間も。
感謝の言葉しかでません。

毎日毎日、僕を起こして、お弁当を作って、車で送って。
駅までチャリで行けばよかった。
自分で目覚ましで起きればよかった。
自分で弁当作ればよかった。
母の負担をもっと減らせるようにすれば…

そして気づいた頃には僕ももう大学生。
一人暮らしを始めて彼女も作り、実家に帰らなくなった頃、父から一本の電話。
母さんが倒れた。


後編に続く。

スポンサーサイト
2017.01.11 12:49 | 日記 | トラックバック(-) | コメント(0) |












管理者にだけ表示

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。