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ぐーちゃん日記

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ども!ぐーちゃんです!
前回、後編に続くって言うたのに思ったより長くなったので今回は中編ってことであと1回更新します(>_<)笑





え、家族全員がインフルエンザになってもピンピンしていたあの母さんが?

僕が知ってる限り2回しか風邪ひいてないあの母さんが?

なんで?

とりあえず検査入院がするから詳しくはまた今度と言われ、どうしていいかわからず1人で泣きました。

きっと良くない。なんとなくそう感じたからです。

結果は予想どおり。癌でした。しかもかなり広がっているらしく、癌のある場所を全摘しても治るかどうか。
とりあえず抗がん剤で抑制してから手術しましょう。と担当の先生から言われました。


僕は必死に母を励ましました。
でも言葉に出しているだけで行動にはしていませんでした。

実家からも通える距離の大学なので実家に戻るべきでした。

抗がん剤の治療はほぼ一日中注射に繋がれて、大きい病院でそれはそれは長い時間待たされて、行き帰りすごく道も混んで、電車も混む所なので、祖父母が一緒に通っていました。

僕は逃げていました。

辛そうな母を見たくない。
気丈に振る舞って僕の前で弱い所を最後まで見せなかった母でしたが、抗がん剤も複数試し、すべて効果が見受けられず、このままだと薬の副作用で命を落とす。とまで言われたそうです。

それでも僕の就活までは見届けたいと言った母。
しかし体力も限界がきて、ついに緩和ケアに移ることになりました。
緩和ケアとは、治療はせずに痛みや苦しみを最小限に抑えながら最後の時を過ごす場所です。

僕はそのことも母が寝たきりになってから知りました。

まだ動ける時に何度もお見舞いに行きましたが、母に治るから諦めないで、と言っていた自分が恥ずかしい。

母は笑顔でありがとうといつも言ってくれた。

そしてとうとう危篤状態になってしまい、1週間ほど病院に入り浸りの生活が始まります。

母は危篤になってからも必死に頑張りました。

今夜持つかどうかと1週間言われ続けました。

長く病院にいて疲れていた僕を見て父は姉と3人でご飯屋さんに行こうと言ってくれました。

気が紛れると思い、その誘いに乗ったのが最大の後悔です。

母に会える時間が限りあるものとなってしまっているのに、そんな気分転換とかいらない、コンビニ弁当でいい。その一言さえ僕の口から出ていれば。

ご飯を食べ終わって店を出る直前、病院から電話が入りました。
心臓が止まってしまったとのこと。


後編に続く


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2017.01.12 11:42 | 日記 | トラックバック(-) | コメント(0) |












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